「六法全書を研究したついでに、弁護士資格も取っていたということですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。弁護士資格を持っているということを言ったことはなかったのですが、戦後、新建材が次々と現れたとき、建築基準法の原案を作っているので間違いないと思います。」

「なるほど。建築の現場を知らない、単なる法律家には、建築基準法の原案が作れなかったということですか」と町会長。

「多分、そういうことだったのだと思います。当時、時代の最先端だった放射性物質の取り扱いに関する法律の原案を作ったときには、自慢だったらしく、大学の教授と議論して作ったことなど、詳細に説明しています。」

「なるほど。それでは、弁護士資格を持っていたのは間違いありませんね」と町会長。

「おっしゃる通りです。それで、お金になる難しい仕事ができたので、大金が稼げたのだと推定しています。」

「しかし、軍隊に入隊してしまっては、お金の使いようがないのではありませんか」と町会長。

「父は、『中国人の密偵を使っていた』と言っているので、そのお金で、清朝でも名の知られている武人が率いる馬賊の動向を調べるための組織を作ろうとしたのだと思います。」

「なるほど。軍隊では時間が自由にならないので、武人が率いる馬賊の動向を調べるための中国人の組織を作ろうとしたということですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「お父さんの計画は、うまく行ったのですか」と町会長。

「密偵の組織を作るのには成功したようですが、小さいころからやりたいことしかしていない父が、上官の命令への絶対服従が要求される軍隊で、うまくやっていけるはずがありません。18歳で志願して入隊した新兵ですから、父が属する部隊の兵隊は、皆、父の上官ということになります。」

「なるほど。戦前の日本の軍隊では、厳しい状況だったのでしょうね」と町会長。

「おっしゃる通りです。精神注入棒で毎日殴られたそうです。」

「『精神注入棒』と言いますと?」と町会長。

「Weblioの航空軍事用語辞典の『精神注入棒』に、『旧日本軍において、古参兵・下士官が新兵を「教育」するための体罰に使われた道具。棒や鞭のような形態をしており、兵士の尻めがけてフルスイングで叩きつける。専用に作られたものから、その場にあるありあわせの道具(竹刀・木刀・バット・ホウキの柄・大しゃもじ等)で代用することもあった。これを避けたり受身を取ったりした新兵は、その後に数倍「教育」されることになる』という説明があります。」

「『大しゃもじ』だったら耐えられるかもしれませんが、バットでフルスイングされたら、どうにもなりませんね」と町会長。

「父の場合は、木刀が使われることが多かったようです。」

「毎日、木刀で、手加減なく、お尻を叩かれたのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。毎日殴られるので、そのうち痛みも感じなくなったと言っていました。」

「一度入隊したら、簡単にはやめられないのでしょうね」と町会長。

「それが、満州が気に入ったらしく、10年もいたのです。」

2021/6/1


<筆者の一言>
院長が亡くなっていても次男があとを継いでいるはずなので、電話はつながるはずだと思った。長男は歯科医としての技術も高く、客あしらいも上手なので、あとを継ぐと思っていたが、突然、他の歯科医院の婿養子になってしまった。M系の長男は大学で女王様タイプの女性を見つけて、父親の歯科医院を継ぐより困難な生活をしていくことを選んだのだろう。

筆者は、院長の能力が低下したら長男に歯の治療をしてもらうつもりだったので、ショックが大きかった。『長男を取られてしまいましたね』と院長に言ってみたが、返事はなかった。院長のショックは筆者の想像以上だったのだろう。<続く>

2024/5/17